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イスラム圏の架空の土地で繰り広げられる神話的難民文学『西への出口』(モーシン・ハミッド)

西への出口(モーシン・ハミッド)

ある想像上の町を舞台に、イスラム圏の片隅で内戦に翻弄される若い男女が出逢い、逞しく「西」を目指す物語だ。登場人物たちの独自性を強調するために、実在と虚構が入り交じるような、独特な世界観を構築している。

主人公は、黒いローブで身を覆いながら、バイクを操りマリファナを吸うという型破りな姿で読者の前に現れる。他にも、内戦の影響で社員解雇を余儀なくされて涙を流す事業主や、レモンの木を見て微笑む男など、彼らが持つ深い人間性を浮き彫りにしている。

物語は難民たちの顛末を、神秘的に描写している。彼らは「扉」の向こう側に平和を求めるが、その「扉」は現実の世界では定義しづらい。戦禍を逃れる人々の手の中にはスマートフォンがあり、画面越しには豊かな生活を楽しむ人々が映し出される。その事実は、わずかな境界線で隔てられているに過ぎず、運命のいたずらによって決定づけられている。ただし、それを超えたつながりも存在し、それは無数の絆や、束縛されない個々の運命のもとで、どんな境遇にあろうとも互いに共有する人間としての脆さや儚さ、そして時代を超えて常に移り変わることの必然性を示している。移民の物語であると同時に、変転するあらゆる人の精神的な軌跡を映し出し、最終的にはすべての読者自身の物語に繋がり、共感を呼び覚ます。


書籍名:西への出口
著者名:モーシン・ハミッド(藤井光訳)
出版社:新潮社(新潮クレスト・ブックス)