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隠れ家と広場(水島治郎)

水島治郎『隠れ家と広場』は、アムステルダム市の近現代史を独特の観点から描き出す学術的な書評・感想を提示する。オランダのアムステルダムは長きにわたり迫害から逃れた人々への隠れ蓑を提供しており、とりわけ歴史的に見てユダヤ人を含む各種宗教や政治的少数派に対する寛容性は際立つものがある。その都市は、迫害される者にとって避難所となる"隠れ家"と、市民として普遍的な"広場"での結びつきを可能にする、二面性を持ち合わせている。こうした背景事情が、アンネ・フランクとその家族がナチス・ドイツから逃れてオランダへ移住する際に大きな意味を持ったとされる。

しかし、このような寛容性とは裏腹に、ドイツの占領下ではユダヤ人をはじめとした多くの市民が悲劇的な運命を辿ることとなった。この歴史的事実に対し、一部のオランダ国民が何らかの抵抗を示すことなく傍観者であり続けたこと、そしてその結果として多くのユダヤ人が犠牲になったことについて、オランダ国内における現代の歴史論争にも言及されている。国民各層の責任に対する省察を促すこの部分は読者にとって考えるべき点が多々ある。

水島治郎は自身の専門であるオランダ政治史を背景としながら、アンネ・フランク一家の物語を詳しく解きほぐし、読者にインサイトを与えている。その一方で、アンネのような一個人が過酷な時代背景の中でいかに生き抜いたのか、そしてそれが現代の私たちにどのような意義を持たせるのかを反映させた作品だ。面白みに富んだ深く掘り下げられた内容は、歴史に関心を持つだけでなく、人間性について深く思索を巡らせる機会を提供している。


書籍名:隠れ家と広場
著者名:水島治郎
出版社:みすず書房