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毒殺の化学(ニール・ブラッドベリー/五十嵐加奈子訳)

害と救いの双面を持つ毒に魅せられる心理を掘り下げつつ、医療と犯罪の間で揺れ動く毒物の本質に迫る試みが展開される。「毒殺の化学」という著作は、人間の健康や命におよぼす影響を持つ化学物質としての毒に光をあて、歴史に名を刻んだ殺人事件からその効能まで深く探求した作品である。著者は医学の界隈で教鞭を執るニール・ブラッドベリーであり、その分野に精通した専門的な視点から読者は毒という存在に対する新たな認識を得るであろう。

例えば、本書では糖尿病治療薬であるインスリンが、毒として用いられてしまうリスクを解き明かしつつ、その危険性と医療への貢献の両面を浮き彫りにする。インスリンが体内で極端に過剰になると、神経や器官が適切な機能を失い、命に関わる重篤な状況を招く。そうした医学的知見と照らし合わせて、かつて証明手法さえ存在しなかった未解決の毒殺事件がどう展開されたかを、詳細に解説している。

次いで、アトロピンをめぐる驚愕すべき事件へと読者の興味を引き込む。この物語は、欺瞞と計算の上に成り立った毒殺未遂の顛末を扱っており、被害者面を装った犯人の策略が科学的一貫性により暴かれてゆく。こうした事例においても、アトロピンという物質が心拍数を調整する薬として有益な役割を果たす一方で、命を奪う毒にも転じ得るという、一物全身の道理が示されている。

著者は、毒という存在に対する誤解を解き、毒が持つ本質とその利用による人間への影響に関する知識を深めるよう導く。毒、特にその毒殺という側面に関心を持つ者にとっては、科学への理解を深めるための突破口となる本書は、犯罪ノンフィクションと科学ノンフィクションが絡み合う精密な構成と内容を備え、知的好奇心を満たすだけでなく、医学や毒物の世界に対する重要な洞察も与えてくれるだろう。


書籍名:毒殺の化学
著者名:ニール・ブラッドベリー(五十嵐加奈子訳)
出版社:青土社