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ホロヴィッツ・ピアノの秘密(高木裕)

『ホロヴィッツ・ピアノの秘密』は高木裕氏が著した、ピアニズムの伝説ウラディーミル・ホロヴィッツと彼が愛した名器に関する探求記である。ホロヴィッツはその卓越したパフォーマンスと共に、ピアノへの厳格なこだわりでも知られていた。彼は自身の演奏活動において、自分の好みに調整された特定のピアノ、なかでも1912年製のスタインウェイ<CD75>を常に連れて回り、その上で演奏することを好んだ。このスタインウェイは、ゆるぎない独自の音質であるホロヴィッツ・サウンドの核心を成していた。

本書はそのホロヴィッツの演奏の心髄に迫るとともに、その象徴である<CD75>がどのような楽器なのかを探究している。読者は、ホロヴィッツがなぜこの年代物のピアノにこだわり続けたのか、そしてその神秘的な音色が彼の技術由来なのか、あるいは楽器本来の特性から来ているのかという長年の疑問に迫ることができる。著者自身が調律師という立場から、その秘密に辿り着くための紆余曲折に満ちた旅を読者に伝える。

特に興味深いのは、著者がニューヨークにあるスタインウェイ社の本社に赴き、同社が誇る職人技術と長い歴史に触れ、楽器製造の細部にわたる洞察を得た部分である。そこでは、ラフマニノフ、パデレフスキ、ホフマンなどの伝説的なピアニストたちにも共通する、スタインウェイピアノの造形と音響に関する細やかな評価が紹介されている。また、著者が<CD75>の所有者となった経緯が綴られることで、彼のピアノに対する情熱が伝わってくる。

音の科学的分析や鍵盤アクションの調整値からも、<CD75>や他のピアノの秘密が解明され、現代のドイツ製スタインウェイとの比較からもホロヴィッツや他の伝説的なピアニストたちが楽器に対してどのような期待をもっていたかが明らかになる。この科学的手法による分析が、ピアノの歴史や演奏者のニーズに光を投げかけている。

さらに、ホロヴィッツが愛したもう一台のスタインウェイピアノの詳細、ショパン時代のプレイエルピアノや戦時中のスタインウェイのアップライトピアノのエピソードも綴られており、ピアノ愛好家はもちろんのこと、音楽史にも興味がある読者にとっても非常に魅力的な内容だ。ピアノの進化と作曲家たちの関係、時代が求めた音楽的要請がピアノの設計にどう反映されてきたのか、饒舌に語るように展開される。

さらに本書は、調律師という職人の世界にも深く踏み込んでおり、音楽の背後にある技術的な美学を解き明かす一つの鏡となる。読む者は、それぞれの楽器が歴史の中でどのような役割を果たしてきたのか、そしてそれが今現在の音楽にどう影響しているのかを感じ取ることでしょう。フレーズの一つ一つが、ピアノ音楽の奥深い世界へと誘う旅への誘いである。


書籍名:ホロヴィッツ・ピアノの秘密
著者名:高木裕
出版社:音楽之友社

 

ホロヴィッツ・ピアノの秘密

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