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歩く亡者(三津田信三)

三津田信三が生み出す物語の世界は、私たちの知る日常と隣り合わせながらも、不可解な怪異が渦巻く壮大なものである。特に『歩く亡者』は、そのスケールの大きさと、一筋縄ではいかないミステリアスな展開において、読者に新たな体験をもたらす一作だ。主人公の大学生・瞳星愛が語る、幼き日の忘れられない記憶は、ただの過去話に留まらない。彼女が目撃したとされる亡者の存在は、自らの目で確かめようとはしない怖れと共に、日常に潜む意味深な亀裂を読者に感じさせる。

瀬戸内の地に伝わる恐怖の伝承「亡者道」は、愛がたどった禁忌の道であり、その道にまつわる事件は本作における重要なキーとなる。愛が偶然遭遇した網元の甥と思しき人物の異様な光景は、彼女自身だけでなく、物語を進む上での重大な謎となっていく。夕暮れの道でのその遭遇は、彼女の安寧を侵し、その後の彼の突然の失踪と海岸での遺体発見という出来事へと矢継ぎ早に繋がっていく。

一方で、怪異民俗学研究室が物語におけるもう一つの重要な舞台である。その研究室は、不気味な雰囲気を背負う刀城言耶と、作家兼助手の天弓馬人の活動拠点であり、愛の体験を始まりに、様々な怪異譚が紡がれていく。愛が刀城に連れられて語る体験談―それは表題作の冒頭を飾るに相応しい、強烈な印象を残すエピソードである。天弓が探求する怪異に関する物語は、読者に新たな恐怖を提供しつつ、同時に本格的な謎解きへの招待状となる。

刀城の助手である天弓馬人の人物像は、読む者に愉悦をもたらすほどユニークだ。彼は資料整理や執筆に明け暮れる日々を送っているが、その一方で霊異現象に対する非常な恐れを秘めている。合理的な解釈を求めつつも、心の奥底では怪異の存在を信じてしまいたくなるという彼の内面の動揺は、本作の怖さとユーモアの絶妙なバランスを保つ要素となっている。

また、表題作に限らず、全5編の短編からなるこの連作短編集は、一貫してホラーとミステリの要素が見事に織り交ぜられており、物語を通じて緻密なプロットが展開されていく。昭和30年代が舞台になっていることからも、当時の社会的背景や地方に根ざした因習を感じさせ、深い歴史を背負った町で起こる怪事件に、読者は引き込まれるだろう。そしてこの作品の結末には、三津田信三の他のシリーズとの繋がりをほのめかす意外性も散りばめられている。

本作の中で描かれる「近寄る首無女」や、「佇む口食女」などの短編たちは、その一つひとつが強いイメージを持ち、ホラーと本格ミステリを見事に融合させた作品となっている。読後感はまさに複雑であり、頭を悩ますような謎を秘めながらも感動を呼び起こす力作であると言えるだろう。


書籍名:歩く亡者
著者名:三津田信三
出版社:角川書店