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近代日本暗殺史(筒井清忠)

斬新な視点で近代日本の暗殺事件を論じた著作。深い人間心理への洞察力も垣間見ることができる。筒井氏がこれまでに見せてきた、戦前のポピュリズムや西条八十作品に対する深い分析は、彼の大衆心理への鋭敏な関心を示している。また、青年将校に対する筆致で描かれる細やかな感情の表出は、彼の観察の鋭さを物語っている。

明治から昭和にかけた様々な暗殺事件が紹介されるが、筒井氏が特に興味を持っているのは、利潤を求める資本家を打倒した朝日平吾の行動に違いない。朝日は、天皇を伝統的権威ではなく革命の象徴として解釈し直した時代の先覚者であり、彼の思想や行動は大正時代の青少年らの未来への不満とニヒリズムを体現している。また、筒井氏はメディアによって高ぶる世論に流された朝日の状況を詳細に分析し、その精神的脆弱さが結果として外部からの影響を強く受けやすいことを強調する。

さらにこの本は、単に「近代」日本の暗殺者たちにスポットを当てるのではなく、日本人の心理的側面も掘り下げている。源義経が兄の手によって滅び、以降の日本人に生まれた「判官びいき」という共感の情、弱者を応援し強者を戒める民族的感情こそが、暗殺者に対する一般大衆の共感や賛美の元となっていると指摘している。そして、若くして非業の死を遂げた者たちへの同情が、日本特有の御霊信仰と結びついており、仇討ちの物語「忠臣蔵」が現代でも愛され続けている事実も考察する。

こうしてみると、筒井氏の作品は、常に民衆の内なる情動に寄り添い、それを丁寧に言語化しようとする試みである。細やかな心理描写と歴史的事実の交錯が、新書という形態を超えた豊かな内容を読者に提供している。筒井氏のこれらの分析は、日本人の心理を歴史的背景と共に深く理解し、読み解こうとするのである。


書籍名:近代日本暗殺史
著者名:筒井清忠
出版社:PHP研究所(PHP新書)