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師匠はつらいよ(杉本昌隆)

杉本昌隆『師匠はつらいよ』は、少し前の世代の棋士としての葛藤や日常を描きつつ、現代将棋の顔とも言える藤井聡太棋聖との師弟関係の愛情と困惑を交え、生き生きとしたエピソードを綴っている。この書籍は、杉本氏の連載エッセイの粋を集めたものであり、彼が藤井棋聖の師匠として経験した日常の風景がありありと浮かび上がる。

内容は、師匠としての葛藤や自らの経験が散りばめられ、特に指導者としての苦悩や、その重圧のもとで弟子の成長を喜ぶ複雑な感情が繊細に描かれている。例えば、藤井聡太が未だ未成年であるにも関わらず類稀なる勝負強さと才能で稼ぎ頭となり、どうしても前に出がちな存在感に杉本氏は含蓄に富む言葉で「ずるい」と表現し、読者にはそのジョークの裏に潜む愛情が感じ取られるだろう。

また、冬の一門の行事であるお年玉を高収入の藤井棋聖に与えるべきかどうかの杉本氏の苦悩は、世代間のギャップや師弟関係の機微を垣間見ることができる。将棋世界における師匠という立場のもたらす苦楽が、彼の率直な表現を通じて伝わってくるのだ。

さらに、著者が体験した将棋におけるエピソードも豊富に記されており、例えば物忘れやぎっくり腰など、日々のちょっとしたつらさも明かされている。これらの描写は単なる苦労話にとどまらず、ユーモアを加えることで読者の共感を呼び、一筋縄ではいかない棋士の生活をリアルに感じさせる。

故板谷進九段という偉大な師匠の下で学んだ経験も語られ、成績で師を超えたとしても、その精神的な大きさや師匠としての威厳は別次元のものであることが綴られており、杉本氏自身の成長への反省や敬愛の念が込められている。

このように、『師匠はつらいよ』は、単なる将棋界の裏話を超え、師匠と弟子、そして棋士という職業の本質に迫る深みのある内容で読者を引きつける。将棋に興味がある方にとってはもちろん、人間模様を描く一つの作品としても大きな価値があるだろう。


書籍名:師匠はつらいよ
著者名:杉本昌隆
出版社:文藝春秋