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絵巻をめぐる歴史の謎解きを楽しめる一冊『酒天童子絵巻の謎』(鈴木哲雄)

酒天童子絵巻の謎(鈴木哲雄)

大江山に住み、度々都に現れ人々をさらった酒天童子。朝廷の命によって、源頼光とその配下が山伏の振りをしてそのアジトに入り込み、寝こみを襲い首を打ち取ったという説話は有名だ。

その説話をもとに描かれた「酒天童子絵巻」は、かつて小林一三(阪急電鉄創始者)が所有していたが、現在は大阪の逸翁美術館に保管されている。しかし明治初期には、酒天童子とは無縁に見える香取神宮(千葉県香取市)の社家が所有していたという。また、その制作は千葉氏の一族によるものと推測されている。

しかし、なぜ関東に居を置く千葉氏がこの絵巻を作成し、大切に伝えてたのか。

武士が、その家の起こりや正当性を主張するために、鎧や刀剣を子孫に伝えていたことはよく知られている。武田氏の「盾無鎧」は、その代表格でもある。著者は、「酒天童子絵巻」も千葉氏が自らの正当性を示すために制作・伝世させたと主張する。これは、東国武士研究に新しい視点が加えられたことにもなる。

近世や明治時代の文献を基にして、絵巻がどのように成立し始祖伝承に組み込まれていったのかについての考察は、とてもスリリングな謎解きのようだ。また、下総・香取地域の商人が江戸や土浦の国学者たちと情報交換し、絵巻の価値を評価していた様子も描き出されている。商人たちの手で、文化や学問の交流が行われていたことも、本書ではうかがい知ることができる。


書籍名:酒天童子絵巻の謎
著者名:鈴木哲雄
出版社:岩波書店