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ある限界集落の記録(小谷裕幸)

「無人化が進む指野集落の軌跡を追う」

昭和15年に生まれたあるドイツ文学の研究者が綴る、21世紀の中葉に向けて人の住まぬ地となると予想される故郷、指野集落のかつての様子と、その集落で息づいた家族の物語。研究者が幼少期を過ごした記憶を辿りながら、かつての日本の農村社会が抱えていた営みや絆を生き生きと描き出す。

戦後間もない頃、わずか12軒の家々が点在する岡山県の山深い集落であった指野は、当時のへき地としての厳しい状況にありながらも、地域の人々が協力し合いながら生計を立てていた光景が細やかに綴られている。昭和22年に電気が届くまでの長い間、集落は松明や菜種油を明かりの源とし、灯油ランプが頼りの生活をしていた。そこには、現代には見られないような人間の手による全ての作業があり、農耕、物の運搬、衣服の洗濯まで、時間も労力も計り知れない程注ぎ込まれていた。それでも彼らは困難を嘆くことなく、手強い自然環境と向き合いながら、与えられた状況を受け入れ、共同体として機能していた。

地域で栽培される農作物から、味噌や醤油、こんにゃく、豆腐といった食材を手作りし、自らの手で栽培した茶葉を用いて茶も淹れていた。物資が豊かな現代とは異なる彼らの自給自足の食生活は、豊かな自然の恵みを最大限に活用した結果であり、彼らの知恵と工夫が随所に光る。しかしながら、経済的に余裕のない生活は、厳しい現実をも示している。金銭的に厳しい時期の家計簿も、その詳細にわたる内容が記録として残されており、後世に貴重な資料となっている。

このように、小谷裕幸は故郷の変遷を淡々と追い続け、共同体の持つ温もりと厳しさ、そして時代の流れの中で失われつつある価値を糸口にしながら、集落の全容を綿密に描き出している。その記述は、単なる過去の振り返りに留まらず、現代社会が見失いがちな人と自然との共生のあり方を、再考するきっかけを提供している。


書籍名:ある限界集落の記録
著者名:小谷裕幸
出版社:富山房企畫