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ナショナリズムと相克のユーラシア(宮田律)

宮田律の著作『ナショナリズムと相克のユーラシア』についての考察を指導するなかで、本書の内容を深堀りし、時代の転換点を追いつつその影響についての考えを交えた。軍事衝突の激化する第一次世界大戦で登場した新兵器の数々は、それまでの戦争の様相を一変させた。特に毒ガスを発明したユダヤ人科学者フリッツ・ハーバーの逸話は象徴的であり、天才的な思考が持つ倫理的な二面性を示す。アインシュタインの批評は、科学者としての判断の責任について問い直す機会を提供する。

歴史の大きなうねりの中にあって、ユダヤ人問題とイスラエル国家の問題は、時代を超えた普遍性を持つテーマとして本書に取り上げられている。そこで描かれるナショナリズムという概念の浸透は、ユダヤ民族のアイデンティティとシオニズム運動の興隆につながり、これが現代における中東の複雑な政治動向の一翼を担っていることが浮き彫りになる。

アメリカ政治における具体例として、ドナルド・トランプ政権下でのイスラエル政策は、国際政治における変化を体現している。特に大統領選挙の公約を果たす形で行われたアメリカ大使館の移転や、ゴラン高原のイスラエル併合に対する承認は、内政と外交政策の織り交ぜにおいて、「アメリカ・ファースト」のスローガンを掲げつつ、支持基盤の結束を固める戦略としての色彩が強い。

このように「相克のユーラシア」を鳥瞰する本書は、グローバルな文脈で、帝国主義の余波が直接的あるいは間接的に中東の地政学に残した影を追っている。しかし、書物を紐解いていくと、初めに想像されたような幅広い通史ではなく、ナショナリズムという問題を中心に据えた議論が繰り広げられていることに気づく。実際は、様々な角度からヨーロッパと中東の関係性を示しながら、著者の明確な視点を通した時代の再解釈と分析が展開されている。

その論考は、ヨーロッパと中東を結ぶ歴史の流れにおいて、圧倒的な影響を持つユダヤ人問題とイスラエル国家形成の経緯に焦点を合わせる。こうした視点は、中東地域が抱える数多の政治的課題が如何に複雑であるかを明らかにし、そこに秘められた歴史の力学を明るみに出す。結果として本書は、歴史のなかで次第に形成されてきた中東の現況を理解するための重要な手引きとなり得るのだ。


書籍名:ナショナリズムと相克のユーラシア
著者名:宮田律
出版社:白水社