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本の背骨が最後に残る(斜線堂有紀)

斜線堂有紀の才能が全開になった最新の短編集『本の背骨が最後に残る』。この作品は、一筋縄ではいかない筋書きと奇妙な設定で読者を引きつけて離さない。それに加え、社会の暗部を風刺するような犀利なメッセージが込められており、読み手には現実離れした世界観の中で行われる幻想的でありながら人間の深い闇を見せつける作品群が展開される。

制約が厳しく記録という概念が変貌を遂げた小国の物語が表題作に描かれる。本がただの書物ではなく、生身の人間となり、その人々が物語を生きる存在へと変わった世界だ。そうした国では、物語の正統性を巡って口頭で争われる「版重ね」と呼ばれる異様な審判が定期的に行われる。この厳しい審判の中で、伝承を正確に、そして情熱をもって語り続ける「十」が今回の主軸となる登場人物である。この「十」と赤毛の本との間で遂行される「白往き姫」に関する語りの勝敗が、激論の中で決められようとする。

物語の信憑性を巡る争いは、まるで推理小説における犯人探しのような緊迫感を持ち、読む者の心を一気に惹きつける。そこにはただの興味本位ではなく、知識・記憶の継承と人間性の尊厳が掛かっている。物語の受け継ぎ手である「本」が文字通り焼かれるという過程に背筋が凍るような恐ろしさを覚えるが、これは斜線堂有紀が見せたかった、快楽を伴った狂気の表れかもしれない。なお、終章においても「十」の運命が綴られ、読者に強烈な印象を残す。

またそこには、人間が持つ変性の運命に翻弄されるコミューンの住人たちや、バーチャルリアリティーを通じて人の内に秘められた暗部に触れる場面、社会が課す苦痛を一身に受けながらも豪華絢爛な舞を踊り続けなければならない女性たちが描かれ、日常とはかけ離れた風景が広がる。

これらの物語には残虐性があるが、それは単なる暴力描写ではなく、人間の愚かさや悲哀、そして虚無感といった感情の複雑さが背景にあることが、恐ろしさと同時に一種の悲壮美をもたらしている。美しくも悲惨な夢幻の世界に身を投じたい読者には、この斜線堂有紀の短編集が理想的な選択肢であると言えるだろう。

 

書籍名:本の背骨が最後に残る
著者名:斜線堂有紀
出版社:光文社