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読書のおともに

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腹を空かせた勇者ども(金原ひとみ)

金原ひとみの作品「腹を空かせた勇者ども」は、成長過程にある中学生たちが直面する現実の複雑さを描いた小説である。読書がなぜ貴重かと聞かれるとき、書籍を通じて異なる人生や価値観に触れることができるからだと答えよう。それを体現するのがこの小説で、その深みに引き込まれるだろう。

本作の主役は、爽やかな青春を謳歌するかに見える少女、レナレナこと玲奈だ。成長期特有の食欲に任せて母親が作る温もりある料理や甘味を味わい、しっかりとしたスポーツ活動を通じて健康を維持する。友達とはリアルでもネット上でも学校の垣根を超えて交流する。しかしながら、コロナウイルスが猛威を振るう非常時には、そんな日常も一変する。

コロナ禍が引き起こす出来事は、玲奈にとって予期せぬものであり、その波紋は思わぬ方向に広がる。母親が濃厚接触者の可能性があることが判明し、その影響で玲奈の所属するバスケ部も危機に瀕する。母親の新しい恋人が感染源であることに羞恥心を抱きつつも、自らの奔放さにも戸惑う玲奈の姿が描かれる。

玲奈は周りの出来事に触れながら、自己と世界との関係を見つめ直す。父親の職失い、新たな環境での生活への適応を余儀なくされる友人や、国籍を理由に差別を受ける中国人の友達の話は、玲奈の価値観や世界認識を揺さぶる。世界は決して公平ではなく、どのように「大切な人」と向き合い支えるかが問われる。同時に、「大切な人」とは何かを見つめる旅が始まる。

玲奈の探求は彼女を取り巻く「家族」「仲間」という概念を再構築する。社会の定める秩序や先入観に抗いつつ、彼女は新たなつながりを模索する。他者との真の出会いとは、まず「私」という存在を認識し、そのうえで他者への理解と共感を深めることであることを読者に教える。

変化を願いながらも、その旅路には仲間の存在が不可欠だ。「理解できないこともあるけれど、共にいるという選択肢もある」と小説は語る。そして、その連帯が未来への希望を示唆する。読む者に対して、困難な状況の中でも共感を育み、新しい理解に至ることができるという信念を伝える力作である。


書籍名:腹を空かせた勇者ども
著者名:金原ひとみ
出版社:河出書房新社