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ジューンドロップ(夢野寧子)

夢野寧子『ジューンドロップ』は、一つの家族の隠された秘密と、その中で生きる少女・椎谷しずくの心の動きを複雑に絡み合わせながら描いている。梅雨が訪れる時期、自然に起こる余分な果実が枝から落ちる現象である「ジューンドロップ」の名を冠したこの本を読むことで、その現象を知り、また作品に込められたメタファーの深さに触れる機会を得た。

高校2年生である主人公のしずくは、外見上は何不自由ない家庭環境で育ったが、自身が抱える頭痛と母親の不妊治療が生み出す家庭内のひずみは、彼女の内面に多大な影を落としていた。近所の地蔵堂でタマキという少年との出会いが彼女の生活に変化をもたらす。ここでの地蔵尊に紐が縛られる風習は、しずく自身が感じる心の縛りへの共感として読み取れる。二人の少年少女が共に過ごす時間は、物語に新たな次元を加える要素である。

ある日、しずくが遭遇する症状は医学的にも説明されている「閃輝暗点」という経験で、これは一種の幻覚現象であり、白い光が視野に現れる。この現象は、芥川龍之介の『歯車』にも象徴的に表現されていると言われているが、理解されているからといって、経験者の恐れや不安が軽減されるわけではない。

本作には、しずくの透明感ある世界観と対照的に、彼女が抱える悲しみや苛立ちが、母ひとりの念願である妹の誕生という現実によってさらに複雑化する様子が描かれる。両親がなぜ第2子を望むのか、しずくが両親に訴えかける「あなた」とはいったい誰なのか。こうした複数の問いが、家族という枠組みの中で何を意味するのか、物語が進行するにつれて明らかになっていく。

本書では、ただ落ち果てる運命の果実ではなく、様々な形の「ドロップ」たちが散りばめられ、物語の面白みや象徴性を際立たせている。しずくが世界に預ける視点は、家族という社会の細部にまで目を向け、そこにある恋しさや苦悩、希望の糸を読者に感じ取らせる。また、重厚になることもありうるこの物語は、彼女の孤独な内面と外界との交錯によって解き明かされることで、透明感があり美しい物語へと昇華している。

 

書籍名:ジューンドロップ
著者名:夢野寧子
出版社:講談社