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幽霊綺譚(ヨハン・アウグスト・アーペル/フリードリヒ・ラウン/ハインリヒ・クラウレン/識名章喜訳)

1816年、スイスのレマン湖畔に構えられたディオダティ荘を舞台とした記憶に残る怪談会が開催される。この歴史的な出来事なくして、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』やジョン・ポリドリの『吸血鬼』といった名作は生まれなかったであろう。

少し寒さを感じさせるその夏の夜、詩人バイロンと彼の友人たちは集い、後に文学の世界に多大な影響を与える話をしていた。そこで語り合われた話の一つが、ドイツ・ロマン派の精鋭、ヨハン・アウグスト・アーペルとフリードリヒ・ラウンによる『幽霊の書』であり、これが『幻想物語集』として選ばれた怪談集である。時を経て、これらの物語は今なお色あせることなく、我々の国においても『幽霊綺譚』として新たな解釈を加え選ばれ翻訳された。

200年以上も前の作品であってもなお、我々の好奇心を惹きつけるものがある。本書には実に様々な魅力が詰まっており、ただの怪談集とは一線を画す。8編の物語には心霊現象を巧みに取り入れた興味深い怪談が束ねられ、その中にはペテンを明るみに出す作品もあって、後の推理文学へと繋がる潮流を垣間見ることができる。さらにはオペラ「魔弾の射手」の素材となった史実に基づく話や、奇想天外な物語、中世の舞台を借りた物語など、多岐にわたるジャンルの物語が楽しめるのだ。

物語に物語が組み込まれるメタフィクションの手法や、別の短編を通して編集後記を連想させるような手法を取り入れている点も、この怪談集の魅力の一つである。このような物語の積み重ね、物語に内包された隠された物語は、ゴシック小説における重要な特色とされている。ドイツとイギリスは互いに恐怖小説のブームを迎え、それを熱心に交換していた。『幽霊綺譚』は、そうした19世紀初頭の文学風潮を現代にも伝えている。

本書『幽霊綺譚』のレビューを通して、読者はかつてディオダティ荘の居間で繰り広げられた、文学の新たな扉を開く一幕を追体験できるであろう。読む者をとらえて離さない想像力豊かな作品群が、心の底からの恐怖や天にも昇る歓びをもたらし、文学的な興奮を与えるだろう。そして、そのような作品を生んだ19世紀の怪奇小説の発展とその背景を掘り下げることで、文学の過去と現在を繋ぐ橋渡し役となることを期待して止まない。このアンソロジーは、夢と幻想、そして文学の神秘を紐解くための窓口となるに違いない。


書籍名:幽霊綺譚
著者名:ヨハン・アウグスト・アーペルフリードリヒ・ラウンハインリヒ・クラウレン(識名章喜訳)
出版社:国書刊行会