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「合成生物学」の今とこれからを見渡すための一冊『我々は生命を創れるのか』(藤田達生)

我々は生命を創れるのか(藤田達生)

書名にもなっている「我々は生命を創れるのか」という問いへの答えは、生物を本質的な意味で「創出」する段階には至っていないという意味でNOだ。単なる模倣にとどまらない、全く新しい生命体を生み出すことは、科学の現状では夢物語に近い。合成生物学という名称は、研究のための「資金」を得るための戦略的なネーミングとして用いられる。しかし、実利を社会にもたらすためのハードルは限りなく高く、研究費獲得のために「将来的な可能性」が強調されることも少なくない。

絶滅種の再現はもちろん、人間の複製となるとなおさらのことだ。ただし、成果がゼロということではない。単純な生命体である細菌や人間の器官の一部など、類似の生物的構造を構築には見込みがあり、その兆しは見えている。本書が解き明かそうとしているのは、そのようなシンプルな生命体の模倣を通じて合成生物学が目指す地平である。実際に実験室で行われている「人工細胞の作り方」にも焦点が当てられており、好奇心をくすぐる。

細胞の模倣には、細胞膜の構成と酷似しているリン脂質二重膜を利用しているという。この人工の袋(ベシクル)に生命の基本成分を封じ込めることで、さながら微小な工場のようにタンパク質を合成させる段階にまでこぎつけている。もしもDNAの複製、細胞分裂のさらなる能力と、ATP(アデノシン三リン酸)を利用した生命維持の反応、細胞の成長といった条件を満たすことができれば、より生物に近い存在へと進化するという。

一方で、その過程でおきるさまざまな問題の解決は、とてつもない難題らしい。例えば、外部環境への適応能力を持つ生物の特性は、いまだに大きな壁となっている。単に大腸菌などの中身をベシクルに移し変えただけでは、生物として機能するにはほど遠い。また、安全性の観点から人体への応用には厳しい制限と、従来の倫理観との折り合いも考える必要がある。

生命創造の壮大なテーマのもと、科学者たちは試行錯誤を重ねる。ATPという生命活動に必要不可欠な物質を合成すること自体が困難であり、その起源にまつわる謎の解明も求められている。


書籍名:我々は生命を創れるのか
著者名:藤崎慎吾
出版社:講談社(講談社ブルーバックス)