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DNA鑑定が明らかにする新しい歴史の側面を楽しむ一冊『王家の遺伝子』(石浦章一)

王家の遺伝子(石浦章一)

今、DNA鑑定技術は広く利用されており、犯罪捜査における重要な方法の一つでもある。そして、親子関係の確認や遺伝子疾患の調査などにも利用され、過去の歴史的事実を裏付ける手段としても。その価値が認められている。

本書は、そうしたDNA鑑定の技術を駆使して、イギリス王室をはじめとする歴史上の人物らの遺骨に関する研究成果をまとめた一冊だ。この研究によって、従来の文献記録とは異なる新たな歴史の一幕が浮かび上がる。

リチャード三世という名に聞き覚えがある人も多いはずだ。1485年8月にイングランドの王座を巡る戦いにおいて敗北し、32歳の若さで死亡した。そして、その約80年後に誕生したシェイクスピアによって書かれた『リチャード三世』により、彼は兄や妻、甥といった身内を容赦なく殺害し、自らの権力欲のために手段を選ばない極悪非道な君主として描かれた。

リチャード三世の遺骨は元々、教会に埋められていたものの、その教会が崩壊してしまい、長い時の中で忘れ去られてしまった。しかし、2012年になって、王の名誉を回復しようとする人々が古い地図を頼りにその教会跡を特定し、レスター市内の駐車場で発掘作業が行われた。すると、そこからは頭蓋骨に損傷が見られる遺骨が発掘されたのである。

その遺骨から取り出されたDNAサンプルは、リチャード三世の姉アンの直系女子二人のDNAと比較されたほか、リチャード三世と同じ男系の祖先を持つ人物五人のDNAとも比較された。その比較分析によって、遺骨がアンと同じ母を共有する人物、すなわちリチャード三世本人であることが確定した。だが、一方で男系子孫に関してはそのY染色体上のDNAがリチャード三世の遺伝情報と一致せず、彼らの血筋には公然と記録されている家系図にはない他の男性の遺伝情報が混ざっている事実が浮き彫りにされた。

ツタンカーメンや、暗殺されたことで知られるラメセス三世など、古代エジプトのミイラたちからもDNAが抽出・分析されている。その結果として、ツタンカーメンが父アクエンアテンと彼の姉妹との間に生まれた子であるという驚くべき事実が明らかになった。

一方で、DNA解析がすべてを教えてくれるわけではない。著者は、DNAが語ることのできる範囲とそうでない範囲を明確に区分し、その重要性を訴えている。そして、紹介されている様々なケースは、その区分を理解する上での実例でもある。

物語としての歴史は勝者が作る。だが、事実としての歴史はDNA鑑定を含む客観的な科学調査や地道な文献調査が明らかにしてくれる。


書籍名:王家の遺伝子
著者名:石浦章一
出版社:講談社(講談社ブルーバックス)