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楠木正成 河内熱風録(増田晶文)

楠木正成の生きざまに焦点を当てた歴史小説『楠木正成 河内熱風録』。単なる歴史の授業や教科書には載らない詳細な人物描写で読者を引きつける。増田晶文の著作において描かれる楠木正成は、後世の人々にも影響を与えるほどの勤王の精神を体現した存在として記憶されがちだが、その実像は一般的にはあまり知られていない。楠木の生涯を通じて、後醍醐天皇を支えた功労者でありながら、建武の新政がもたらした混乱の渦中で、最終的に足利尊氏に敗れるまでの複雑な道のりが描かれている。

多くの人々が名前程度は知る日本の歴史上の重要人物・楠木正成だが、彼の人物像、取り巻いた環境、そして時代背景について深く語れる者は案外少ない。遥か昔、鎌倉幕府に反旗を翻した半面で、その後の建武の新政の中で新たな権力者足利尊氏といかにして対立し破れたのか、曖昧な理解しか持たないのが実情である。

増田晶文はこの作品で、あえて英雄としてではなく、河内の地に根ざした“土ン侍”としての楠木正成という人物を描いた。生まれ故郷から息吹を受け継ぎ、異端な存在であることを自認する正成の内面世界が、彼ならではの生き様として表現されている。また、彼の言葉使いにも、真っ直ぐで力強い河内弁という地域色が色濃く反映され、擬音を交えたユニークな文体が作り出す節目節目で読む側の心を掴んで離さない。

政を担う者が世の動向を見失い民衆の不幸を招く現実への危機感から、正成は家族や河内の民のために新しい時代ー民が望む理想の世界を実現すべく幕府に立ち向かった。全身全霊を捧げたものの、勝利の先に待っていたのは想定外の新たな戦争の連鎖であった。

楠木党の民への影響は、時とともに変化し、「河内の皆」からの信頼を失いつつあった。戦を最前線で引き受けながら、仲間を失い、戦のない世を渇望する楠木正成の葛藤は深い。しかし、歴史の波はやむことなく、彼は理想と現実の間で揺れ動く。それはまさに、後世も永遠に解決されない人類共通の難問への直面である。

作品に登場する楠木正成のイメージは、一度壊されるような衝撃を読者に与える。それは読者に新たな考察と感動を提供し、河内の地を守った英雄としての楠木正成への、まるで彼を身近な存在として感じるような親近感を抱かせる。歴史小説における醍醐味を存分に堪能させる作となることは間違いない。キャラクターに新たな一面を見いだし、作品を閉じた後には楠木正成という人物を心から愛するようになり、彼の精神が今なお地元を見守っているような感覚にとらわれるだろう。


書籍名:楠木正成 河内熱風録
著者名:増田晶文
出版社:草思社