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日本人無宗教説(藤原聖子)

『日本人無宗教説』では、長く受け入れられてきた「日本人は無宗教である」という見解に疑問を呈し、著者である藤原聖子ならびに東京大学宗教学研究室の研究者たちが、それが成立した背景や変遷を分析している。本書の内容に対する感想を述べるとともに、考察を深める試みである。

公式統計では宗教に属すと答える者が少ない日本社会において、宗教的無関心が文化の一部と捉えられているが、歴史的展望に立つと、「無宗教」のレッテルは必ずしも適切ではないことがわかる。例えば、幕末期に日本を訪れた外国人は、日本人の宗教観を理解せず、表面的な印象で「無宗教」と位置づけた。その後の明治期における西洋化・文明化の波に乗り、「無宗教説」は一種の近代化の象徴として捉え直される。

一方、大正から昭和初期にかけては、国家統合を図る過程で、「無宗教」が提起される背景も変化。戦時下の一体感の醸成に宗教がどう関与したのか、そして敗戦後にはその宗教観がどのように植民地統治や戦争への反省点として反映されたのかを検証している。

さらに、高度経済成長期に入ると、経済発展の中で宗教が果たす社会的機能や価値観への反映といった議論が生じる。この時代からは、「無宗教」と言いつつも、それが日本独自の宗教性を内包している可能性が提示され、自己肯定する姿勢が顕著になってくる。つまり、日本人一人ひとりの宗教観や自己認識が複雑で流動性を持っており、単一の「無宗教」というラベルでは括れない豊かさがあることが示されている。

何度も変遷を遂げた「日本人無宗教説」を通じて、社会的・歴史的な文脈の中で日本人自身の自己理解がいかに変化してきたかを考えたとき、決定的な意見がないままの議論が続く本質的な問題が見えてくる。実際の宗教心や信仰生活への洞察に基づいた分析が、これからの日本の宗教研究には求められている。本書はそうした観点からも一つの出発点となる重要な研究であると言えよう。


書籍名:日本人無宗教説
著者名:藤原聖子
出版社:筑摩書房(筑摩選書)