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諜報国家ロシア(保坂三四郎)

保坂三四郎『諜報国家ロシア』は、ロシアの情報機関がこの国の政治構造の奥深くにどれほど根を下ろしているかを深く掘り下げた作品である。著者は広範囲に及ぶ情報源を駆使し、個々の活動細部よりも、政治体制全体に渡る情報機関の役割に光を当てている。西側諸国では、情報機関は政府からの独立性を保ちつつ、政治指導者に必要な情報を提供するのが主な機能である。一方で、ロシアにおいては政府と情報機関は運命共同体のような存在であり、その密接な関連性が両者の議論を分離して行うことを困難にしている。

こうした背景を理解し、KGBやFSBといったロシアの情報機関に便利なアクセスを持たない外部の研究者にとっては、存在感のある情報の分析には格別な苦労がある。これらの組織については一次資料が乏しく、研究や検証は著しく制限される。そんな状態の中で、政府の動向を注視し、時に垣間見られる情報機関の動きを詳細に追っていく方法が、ロシアの諜報活動の理解を深めるためにはもっとも合理的なアプローチとなり得る。保坂氏はそうした障壁を乗り越え、見事に本書を完成させたのである。

本作では、ソ連時代から必要とされていた内部監視のための強固な情報機関の歴史、ソビエト連邦の崩壊をも生き延びたその遺産、外国に対する積極的な偽情報工作や、ロシア政界と情報組織のチェキストに見られる特有の世界観に深く切り込んでいる。しかしながら、そういった工作は多く既に知られていた。特筆すべきは、ロシア側の利益になるような言動を無意識のうちに行っている外国人影響力エージェントに焦点を当てた点であり、これは日本国内においても政財界、アカデミア、マスコミにおいて見受けられる現象だ。これらの事実に気付かされると、ロシア寄りの見解を繰り返す人物の名が思わず頭に浮かんだ。

最終的に本書は、「ロシアにおける情報機関の影響力は、革命期のチェーカーから現代のFSBに至るまで色あせることなく継続しており、この体制を守る機関が存続する限り、どんなに指導者が変わろうともロシアに根底からの変革を期待することは不可能である」と断じている。そのため、政治の表面だけでなく、深層を探ることの重要性を強く訴えかけている。本著に記された視点と分析は、現在進行中のロシア・ウクライナ戦争を理解する上での重要な一石となり得るだろう。


書籍名:諜報国家ロシア
著者名:保坂三四郎
出版社:中央公論新社(中公新書)