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戦争とデータ(五十嵐元道)

『戦争とデータ』は、生々しい戦場の光景を数値に置き換えながら、それらがどのように統計的にまとめられ、解釈されているのかを検証する一冊だ。五十嵐元道氏による著作である本書は、戦争という悲惨な現実に対する冷徹なデータ分析と、それに基づいた数々の数字を詳細に検討する。特に、現代戦争においてしばしば論争の的となる民間人の死者数に焦点を当て、その計算方法や背後にある構造に光をあてている。

これらの死者数というのは、戦争をめぐる様々な主題の中でも特に影響力があり、そして感情を揺さぶるデータと言っても過言ではない。民主的な社会や国際社会においては、民間人の犠牲者がいかに多く発生しているかが、戦争の正当性や介入の正義をめぐる議論の中核をなしつつある。しかし、実際には多くの場合、この犠牲者数が一様に合意されたものではなく、多様な政治的、イデオロギー的立場から提示される異なる統計や報告が存在する。これらが異なる数値を提示する背景には、戦闘当事者による意図的な情報の歪曲(わいきょく)や隠蔽(いんぺい)、それによって真偽の判断が困難になる現場のカオスなどが存在する。

この書籍が取り上げるジュネーブ諸条約における文民の保護は、国際的なルールに則した一つの勝ち得た条件であるともいえる。にも関わらず、その後顕在化した数々の内戦やゲリラ戦など、国家間の正規の戦争ではない形式の紛争では、しばしば民間人が無差別に犠牲になり、その数もあいまいになりがちだ。しかも、そうした非常に厳しい状況の中でも非国家アクターである人道組織は、科学的アプローチに基づいたデータを収集することに成功している。これらのデータがいかにして収集され、どのような手法で分析されているのか、そしてそれが国際政治へどのように影響を与えるのかを五十嵐氏は明確に示している。

その過程で、いかにして「数字」としての客観性が保たれつつ、同時にその裏にある政治的な意図や影響を読み解いていくかが著者により詳細に議論される。このような視点では、単なる「死者数の計算」というテーマを超えて、戦争に際しての国際的な倫理や法の実践的な適用、そしてその限界についても洞察を与える。本書は、戦争という人間の行為を数字という冷静な形式で解剖しながらも、それが持つ諸々の側面に光を当て、読者に多角的な理解を促す試みであると評価されるだろう。


書籍名:戦争とデータ
著者名:五十嵐元道
出版社:中央公論新社(中公選書)