YOMEBA

読書のおともに

※ 当ブログはAmazonアソシエイトを利用しています

名画のコスチューム(内村理奈)

西洋の衣装史をさかのぼる際、専門家たちの興味はしばしば貴族階級や王家の優雅なファッションに傾倒してきた。一方で、一般市民の装いやその日常は長い間、研究の周辺に追いやられがちであった。しかし、多彩な西洋画の中で目にすることのできる職人、農民、あるいは市場で働く人々の姿は、彼ら自身が身に纏う衣服に宿る歴史的価値を我々に示唆する。そうした庶民の生活が反映された描写は、社会の広範な断面を感じ取ることを可能にする。

この『名画のコスチューム』という作品は、そうした視点に立ち、特にフランスの美術に焦点を当てて編まれたものである。画家たちの手によってキャンバスに再現された60もの個性溢れる衣装が分析される。画家エドガー・ドガの「エトワール」という作品に登場するバレリーナの衣装や、ジャン=フランソワ・ミレーが描いた「落穂拾い」のシーンに見られる農民の服装は、それぞれの時代背景や生活様式を浮き彫りにする。

歴史の舞台を飾る騎士や侍女、果ては死刑執行人や羊飼いに至るまで、彼らの日常に根付いたファッションには多様性が息づいている。著者は、襟元の装飾やネクタイの締め方といった細部までにも目を向け、その文化的背景に潜む意味を読み解く。全体像とともに、これらのディテールを捉えたカラー図版が豊富に用いられており、読者は作品ごとの微細な違いを色鮮やかに確認することができる。歴史を彩る重厚な布地の一針一針までに見られる独自の表現は、この本の魅力の一つである。こうした服飾に対する熱き視線が、今まで見過ごされがちだった日々の装いの重要性を再認識させる。


書籍名:名画のコスチューム
著者名:内村理奈
出版社:創元社