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人間の彼方(ユーリ・ツェー)

人間の彼方

新型コロナウイルスの影響で困難に直面した多くの人々の中で、主人公ドーラはかつての生活を手放し、ドイツの片隅にあるブラッケンという村に新たな人生を求める。荒廃した邸宅を衝動的に購入し、そこでの新しい生活をスタートした。

2021年3月、パンデミックに見舞われた世界の中で、『人間の彼方』は注目を集めた。現実を反映したコロナ禍の描写は、当時の空気を色濃く反映しているが、この作品で特筆すべきは登場人物の内面的葛藤や人間関係の深掘りにある。病気が引き起こす世界の変容よりも、そこに立ち向かう人々の精神の動きに焦点を当てたのである。

特に隣人であるゴートとの奇妙な関係性が、彼女の心の動きを垣間見せる。ゴートは自身を「田舎のナチ」と称し、しかもなぜかドーラの家の鍵を持つ。対照的に、ドーラはベルリンでの生活の中で環境保護に配慮した生活を心掛け、持続可能な製品を選ぶなど、全く異なる価値観を持つ。

典型的な中道左派と思われていた村にも、さまざまな人物が存在し、外国人労働者を含む別の集団とときに対立する村人たちの姿が描かれる。不便を強いられた田舎の生活の中で、相互理解と協力は生きるために不可欠な要素だ。派閥や理念を超えた人間と人間との結びつきが求められている。

そうした状況下でドーラは、常に自己と他者の価値観の差異に立ち向かい、率直ながらも鋭い言葉でゴートに対峙する。「私はあなたの百倍はましな人間よ!」ドーラの言い放ったこの言葉から、価値観の相違や互いへの評価の難しさが垣間見える。自身の偏見や先入観に気付きながらも、彼女はコミュニティーの一員としての自身の役割を模索する。

物語の中で、一人の女性が新たな土地に根を下ろし、多様な価値観や信念に満ちたコミュニティ内で摩擦を生みながらも理解し合おうと思い悩み行動する。ドーラが感じる葛藤や対話の必要性は、異国の地ドイツの問題ではなく、日本にも通じる普遍的なテーマとして受け止められるだろう。


書籍名:人間の彼方
著者名:ユーリ・ツェー(酒寄進一訳)
出版社:東宣出版