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神と黒蟹県(絲山秋子)

神と黒蟹県(絲山秋子)

架空の地「黒蟹県」を舞台にした物語。他県からの転勤してきた会社員、音楽イベントで黒蟹県を訪れた世界的ミュージシャン、退職後の黒蟹県から故郷の隣県に戻った男性など、さまざまな事情を抱えた人々の視点で地域と人の関係が描かれている。面白いのは、そんな普通の土地の普通の人々の生活の中に「神」がひっそり溶け込んでいる点だ。

「忸怩たる神」。この神は、灯籠寺市という古風な町で、普通の中年男性と変わらぬ姿で顕現している。神秘的な能力を誇るわけでもなく、地元の蕎麦屋で常連客として食事を愉しんでいる。ある時、「忸怩たる神」は蕎麦屋の息子・蓮翔の車でドライブに行く。その道すがら、和菓子の好みを巡って灯籠寺市と紫苑市(黒蟹県の県庁所在地)が何百年にもわたって対立していることや、誰も入り口を知らない「異世界ファミレス」と呼ばれる店があることなど、絵にかいたような「田舎のヤンキー」である蓮翔が、神にあれこれ地元話をする下りは和やかでありユーモラスだ。

また「神とお弁当」では、料理にも味に疎い神がお弁当コンテストの審査を依頼される物語だ。弁当という人々にとって当たり前なものを通して、神が人間界の様相に対する理解を深めていく様は、とても温かい。

物語の中で神は、人々に対して距離感を保ちながらも、時には交わり仲間のように接してくれる。また、黒蟹県も特別な土地として描かれているわけでもない。ただの地方であり、理想郷でも地獄でもない。

平凡な日常にも不思議の種が転がっており、普通の地方にも多くの魅力がある。『神と黒蟹県』は、そんな心温まる気付きを与えてくれる物語だ。


書籍名:神と黒蟹県
著者名:絲山秋子
出版社:文藝春秋

 

神と黒蟹県

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