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存在のすべてを(塩田武士)

存在のすべてを(塩田武士)

『存在のすべてを』は、深みのあるヒューマンミステリーとして読者の心を掴む。物語は、1991年の神奈川県で起こった謎に包まれた「二児同時誘拐事件」から幕を開ける。急展開を迎える事件では、一人の子どもが直ちに発見されるも、4歳の内藤亮は行方不明のまま、捜査も行き詰まる。事件が風化し、3年がすぎたある日、亮は家族の元へと帰ってきた。当然、人々は多くの疑問を持った。彼は一体どこで何をしていたのだろうか。

物語は30年の歳月を経て2021年に飛び、かつてこの事件を追っていた新聞記者・門田次郎が再び登場する。彼は昔取材の際に親しくなった刑事の訃報に接し、葬儀に出席。その矢先、週刊誌のスキャンダル記事を目にし、亮がいまや人気画家の如月脩として活躍していることを知る。記事がきっかけとなり、門田は再びかつての未解決事件について調べ始めた。

記者としてのキャリアも終盤に差し掛かっていた門田は、記憶の奥底に眠っていた様々な感情を胸に、取材活動を開始する。その過程で、もう一人の写実画家、野本貴彦の名が浮上してくる。亮と野本の絵画に隠された手掛かりを追いながら、失われた時間、空白の3年間の謎に迫っていく。門田の緻密で情熱的な取材工程は、物語にリアリティとスピード感を与え、読者を引き込んでいく。

さらに物語の魅力は、若手画商の土屋里穂が織り成す人生模様にも。彼女は亮と高校時代に同級生であり、淡い恋心を抱いていた過去を持っている。その後、百貨店の美術画廊での勤務を通じて、社会人としての辛さや葛藤などが細かく描写されている。里穂の半生は物語に深みを与えるだけでなく、読む者の感情を揺さぶる。

多くの要素が絡み合いながら、後半徐々に明らかになる亮の失われた3年間。主要人物たちの視点の変化によって語られていくのは、様々な家族の絆や葛藤、愛憎が交錯する物語である。

そして、亮の「消えた3年間」に潜む秘密が明らかになる中で、物語はまるで家族の肖像画を描いたような感動的な展開をみせる。ミステリーとしての面白さだけではなく、家族群像劇としても読者を楽しませてくれる。


書籍名:存在のすべてを
著者名:塩田武士
出版社:朝日新聞出版

 

存在のすべてを

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