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数の値打ち(ホイト・ロング/秋草俊一郎/今井亮一/坪野圭介訳)

現代のAI技術の進展により、文学作品の解析に新たな息吹がもたらされている。計算機能に優れたコンピュータの助けを借り、これまで手作業に頼っていた読み解きが、データ処理のアプローチによって拡張されつつある。北米発のこの手法を、日本の古典や近現代文学に応用し、これまでにない視点からの成果が収集されている。

具体的には、葛西善蔵などが執筆した私小説と、物語の筋を重要視する大衆小説との間の言語的な違いが、この研究の対象となっている。緻密な語彙解析を行なった結果、主観的な感情や思考を表現する言葉が私小説には顕著であり、そういった要素が使用される割合は大衆小説の約1.5倍にも登ることが判明している。同時に、私小説の登場人物が会話を交わすことは少なく、より内省的な性格が推察される。このように文学作品に含まれる語句や表現を、数量的な側面から分析することで、登場人物の性格傾向や作品の特色といった、従来では把握しにくかった要素が明らかになってきている。

こうした数字で測る文学研究は、文学作品における言論や感情のパターンを解明することに止まらず、多数の作品群を通じて文学の流れを定量的に捉え直すことも可能にしている。大量のデータに基づき紡がれる分析結果は、文学界における新しい発見を促すだけでなく、文学研究方法の多様化への道を開くこととなるだろう。

 

書籍名:数の値打ち
著者名:ホイト・ロング(秋草俊一郎/今井亮一/坪野圭介訳)
出版社:フィルムアート社