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南北朝正閏問題(千葉功)

この著作内で解き明かされるのは、日本史上稀に見る複雑な時代背景を抱える南北朝時代の正当性の争点である。南朝、北朝双方が支配権を主張し、誰が正統の玉座に就くべきかが前近代から度々問われた「正閏問題」について、明治時代の終わりごろに発生した激烈な論争の火付け役となったのは、何と国定教科書の記述であった。

その時代において南朝を中心とする見方が世間に広まっていた中、教科書には南朝と北朝の並行する歴史観が提示されたことで、火花が散った。教育の現場に身を置く者たちが最初の疑問を投げかけ、それをメディアが取り上げることによって論争は急速に拡散し、まるで燃え盛る火のように議論は燃え上がった。最終的には政治的な決断によって教科書の改訂が行われ、この問題は一応の決着を見たが、国家による学問への介入だけが問題視されるべきではなく、実は民間側からの介入要求が強く働いていたという事実も浮かび上がった。これは現代においても共通する学問の自由と国家権力の関係性という、根深いテーマを考察する上で、非常に示唆に富むエピソードと言える。

本書は、単なる歴史の一コマとしてではなく、学問と権力とがどのような関係を築いて来たのか、そしてその交錯がいかに社会に影響を与えてきたのかを掘り下げている。民間と国家、教育と政治が密接に絡み合うことで生じた複雑な事態を通じて、歴史学がいかに社会とリンクしているのかが明らかにされ、読む者にとって深い洞察と広範な視野を提供する重要な作品である。


書籍名:南北朝正閏問題
著者名:千葉功
出版社:筑摩書房(筑摩選書)