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京都 未完の産業都市のゆくえ(有賀健)

有賀健氏による著作『京都 未完の産業都市のゆくえ』は、伝統的な風情をそのままに抱えながら、経済発展面で直面している困難に光を当て、実証的なデータを用いつつ都市としてのさらなる成熟に必要な施策を探究している。京都という市の持つユニークな文脈について、京都市民には共感を覚える部分が少なくないであろう。著者が触れる、時代の変遷に伴って困難となっている洛中地域に点在する自営業の維持と産業の近代化の複雑な関わり、交通インフラとオフィスビルの需給に見られる課題、南部地域に集積する企業との地域間の開断、さらに観光産業への依存度が高いことが引き起こす副作用など、数多くの具体例が示されている。

しかしその一方で、京都の持つ「古都」としての価値を再定義し、都市のリモデルに関する論点が持つ独特の風合いが終章に提案されている。その提案には既存の価値観に囚われず革新的なアイデアが含まれる一方で、既成の秩序との乖離により不協和音を感じる読者もいるかもしれない。著者は、なぜかつての輝きを保ちながらも現代社会の景観において際立たなくなってしまったのかという問いを立てるが、歴史のながい視角を通して見れば、政治の中心地として名を馳せた奈良や鎌倉と比較し、その地位を保ち続けている京都の姿はかえって彼らを上回る逞しさを示しているかもしれない。

また、京都がどのようにして今日の「古都」としてのアイデンティティを獲得したのかという過程も非常に興味深い。明治中期の文化遺産保護政策や、アメリカによる原爆投下候補地から外されたことによる歴史的建造物の幸運な保存、そして戦後に伊勢神宮の代わりとなる観光地へと脱皮するきっかけなど、外的影響による発展の道筋は、今日までの京都市が歩んだ道の一部に過ぎない。京都の外観だけでなく、社会経済的なジレンマと対峙してきた背景は、データ分析や比較研究を通じて、さらに深く理解されるべき点である。

こうした事実に裏打ちされた「産業転換の遅れ」「優秀な人材の活用不足」「過度な観光依存」という問題は、実は現代の日本が抱える課題と相通じている。つまり京都は、伝統と革新、保全と活用、局所性と普遍性が複雑に絡み合う、日本国内でのまさに縮写図として捉えられるのである。

本書は、京都をめぐる多様な課題について考察する中で、ただ問題点を洗い出すに留まらず、日本の将来像を描く上での重要な示唆を幾つも提供している。教育、文化、産業、そして国家としてのアイデンティティを担う上での実践可能な戦略を検討するという観点から、読者にとって参考となることは間違いないだろう。この書物は、ただ過去にとどまるのではなく、革新的な未来に向かって京都が取りうる道筋を探るための資料としても、その価値を見出せるに違いない。


書籍名:京都 未完の産業都市のゆくえ
著者名:有賀健
出版社:新潮社(新潮選書)