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帝国ホテル建築物語(植松三十里)

植松三十里氏による『帝国ホテル建築物語』は、かつて日本を象徴する建築物のひとつであった旧帝国ホテルの背景に迫る作品として注目を集めている。ライトの設計により、芸術の領域に到達したとも言われるその建物は、後の建築界においても指標とされる傑作だった。特に、不朽の名作と評されるに至った理由の探求や当時の社会状況、そしてそこに携わった人々の熱意と苦闘が巧みに綴られている。

本書に描かれる1923年に竣工した帝国ホテルの本館は、フランク・ロイド・ライトが手掛けた建築の代表例とも言える存在だ。心動かされたのは、その美しい設計のみならず、時代が変わっても保存しようとする人々の情熱の大きさであり、一部は今もなお愛知県犬山市の明治村に移築保存され、後世に至るまでその価値を語り伝えている。

植松氏は、技術的な描写に秀でた歴史小説家として名を馳せており、旧帝国ホテル本館の建設に奮闘した人々のドラマを、深い洞察力を持って繊細に描き出している。ただし、ここには企業家渋沢栄一の影響力や、林愛作の経営手腕、さらにはライトの芸術的追及という、それぞれの人物の個性とドラマが複雑に絡み合う物語が展開される。

林愛作が渋沢栄一からの要請を受け、帝国ホテルの支配人となり、その経営を立て直すまでの道のり、そしてライトとの出会いから始まる新館の設計依頼。ライトの完璧を求める性格とこだわりが、多くの設計変更を引き起こし、工事を難航させる過程は、読者にとっても多大な関心を生む。

また、常滑の匠久田吉之助によって開発された黄色い煉瓦や、これまで川底をより固めるための素材として見られていた大谷石が、ライトの手にかかり、室内装飾の素材としてその価値を高められた経緯は、日本の職人技や工業デザインの進化に多大な影響を与えたと言えよう。

さらに、著者は帝国ホテル建設が現代の製造業に及ぼした長期的な影響までも見据え、後手の伊奈製陶所(現LIXIL)が煉瓦製作を引き継いだことや、大谷石の重評価の事実等を経済的・工業的視点からも分析している。近代建築の流れを飲み込む者には、この様相の変遷が深い興味を掻き立てるエピソードになることでしょう。

そして、林愛作やライトといった人物たちが抱える内面の葛藤や苦悩が、一筋縄ではいかない建設プロジェクトの現実を浮き彫りにしている。愛作が高いクオリティーを求めるライトと、コスト削減の圧力と戦う姿や、ライトのプライベートなスキャンダルによる社会的な立場の変化など、彼らの努力と選択がどのようにして史上稀に見る建築の誕生につながったのかが描かれている。

最後に、この本は決して涙もろさいだけの物語ではない。それは、実在した人々の日々の労苦、情熱、そして時には挫折を経て築かれた偉業の物語であり、それぞれのキャラクターが生身の人間だったからこそ、成し遂げた歴史的な建設作業が引き起こす深い感動を、読者自身が味わうことができるのだ。


書籍名:帝国ホテル建築物語
著者名:植松三十里
出版社:PHP研究所