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読書のおともに

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吉右衛門(渡辺保)

副題にある『「現代」を生きた歌舞伎役者』の意味するところは、我々と同じ時代を駆け抜けた二代目中村吉右衛門の存在が、古い時代から続く歌舞伎の脈を現代に息吹かせる役割を果たしたことを強調している。歌舞伎が歴史の中でどのように変遷し、現代の価値観とどのように共鳴するか、その芸術性の高さを、著者の実際に目にした多くの舞台をもとに分析し、その深い見解を読者に提示している。渡辺保の眼は、吉右衛門が表現する役柄の一瞬一瞬に神が宿りし瞬間を捉え、彼の死という悲痛な出来事を通じて、読者にその偉大さを痛感させる表現力を持っている。

著者の評価は辛辣なもので知られているが、その鋭い目は吉右衛門の芸において、独自の美点を見出し、その魅力にほだされる瞬間も記している。『組討』では、拍手を贈らずにはいられないほどの圧倒的な迫力、『関の扉』では熊谷や盛綱の役を越える美しさ、『寺子屋』ではどんな演目も飽きさせない話し方のうまさが詳述され、読むものをその理由に魅了される。さらに『俊寛』では家族観の発見、『沼津』では舞台上の細かな動きが生む劇的な瞬間、『寺子屋』では松王丸の心の奥深さを見抜く視点が、現代と古典の独自の接点を提示している。

歳月を重ねるごとに磨かれていく吉右衛門の芸の変遷も著者は見逃さない。「河内山」における初代との比較から、その言葉の深みや、平成11年に見せた演技の凄み、平成15年、20年と変化する彼の外見や芸の成熟度を具体的に追いかけて考察している。

そして最終的に圧巻とされたのは意外な一役であり、そこには「現代」への眼差しと、新たな発見が隠されている。この書籍は献本としてだけでなく、吉右衛門の芸に対する詳細な解題を加え、最上級の歌舞伎への道標となっている。読者はこれを手に取り、一人の役者を通じて歌舞伎が持つ普遍性と変貌に思いをはせることだろう。』


書籍名:吉右衛門
著者名:渡辺保
出版社:慶應義塾大学出版会