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日本語人生百景(中村明)

『日本語人生百景』は、日本語学を深く掘り下げる第一人者、中村明が監修した著作。日本の作家たちが残した足跡の中に隠された言葉の宝石を精緻に抽出して日本文学への敬意を表している。名高い96人の作家たちのエッセンスを集結させ、その精緻な言葉たちを作家個々に深く分析し、美しい文体としてまとめ上げた。

中村は、随筆の海を優雅に航海し、向田邦子をはじめとする作家たちの隠された表現の妙を解き明かす。向田の細やかな感性とユーモアが溶け込んだ言葉の描写は、特に注目すべきであり、告別式が行われる寺院で感じられる魚の焼ける匂いが生む風景など、その筆致は読者に彼女の随筆への興味をかき立てる。

なお、文豪夏目漱石が愛用していたという師匠の鼻毛が戦争の荒波に飲まれ焼失した内田百閒の逸話を紹介しつつ、それがどれほどの損失であったかを、日本文学史上の重大事と位置づけ、読者にその重さを感じさせる。

加えて、中村は自身が対談の経験を持つ尾崎一雄や永井龍男といった文人たちにも焦点を当て、彼らが培ってきた独自の言葉の技術や表現に対するこだわりに迫り、彼らが築き上げた文学的地平を見つめ直すきっかけを読者に提供している。著者自らが体現しながらも、文学的価値を再確認する過程を通じて、実に多様な作家たちの言葉の彩りとその影響力を、読者に理解させるための機微に満ちた洞察を供している。

この著作を手にする者は、必然的にオリジナルの随筆に目を向けたくなるような仕掛けに引き込まれていき、日本文学の深淵にある魅力を再発見する旅へと誘われる。言葉が持つ力、作家たちが時代を超えて伝えたい思いが詰まったこの一冊は、それ自体が日本語と日本文学への親愛と敬意の証しとなっている。


書籍名:日本語人生百景
著者名:中村明
出版社:青土社